8.「間違えて切り落としてしまったらこれが
   頼り」と笑いながら接着剤の使用を見せて
   くる息子のアレッサンドロ君


3.デザインに沿って超スピードで
  彫ってゆく親方のロレンツォ・
  タッキ氏
  「聖家族と幼き洗者ヨハネ」 又は「ドーニ家の円形絵画」 Fvb






ケランジェロ・ボナッロティ作 1504年頃
Sacra Famiglia con San Giovannino o Tondo Doni, Michelangelo Bunarroti
板にテンペラ画、絵の部分のみの直径120cm



フィレンツェのウフィッツィ美術館にあるミケランジェロの作品、通称「ドー二家の円形絵画」は、作家自身によって絵画のみではなく その額も製作された 他に例を見ない作品として名高い。
画家よりも彫刻家としての自覚が強かった大芸術家ミケランジェロの絵画作品として祖国フィレンツェに唯一残存する記念碑的大作だ。

この均整の取れた額は、ドーニ家の家紋とが飾り文字風に活かされ、上部中央にキリスト、両サイドにはキリストの到来を予言した旧約聖書の男女の預言者が 浮き彫りにされている。 


作品は ミケランジェロの時代(15世紀後半から16世紀初頭)に フィレンツェで勢力を持っていた
二つの家族の出身者、アニョロ・ドーニとマッダレーナ・ストロッツィの結婚記念のために注文を受け、
1504年頃に描かれたというのが通説だ。
その他の有力説としては、彼らに最初の子供が生まれた記念として、1507年頃に描かれたという説もある。

アニョロ・ドーニは メディチ家の人々と並ぶ、ルネッサンス期の典型的な芸術擁護者であり、
またミケランジェロの友人でもあった。
ラファエロによるアニョロ・ドーニとマッダレーナ・ストロッツィの肖像画が ウフィッイ美術館に残されている。



円形という難しい構図の中で、聖家族は画面中央に
彫刻的な明暗のある 存在感にあふれた人物像として 描き出されている。
これとは対照的に 背景には引き伸ばされた裸体群が描写されている。
この二つの異なるグループの中央右側には 二つの異なる世界の中間にまだ幼い洗者ヨハネが聖家族を見上げている。

キリスト教絵画において裸体が描かれるたのは 「アダムとエヴァ」にほぼ限られていることを
知っている私たちにとって、男性の裸体像が五体も描かれているこの作品「聖家族」は 
一見理解し難い感じがするが、実は 背景の裸体群で ミケランジェロは なつかしい古代ギリシャ・ローマの神話の時代を、そしてルネッサンス期によみがえった、貴重な古代ギリシャ及びローマ時代の文化を象徴している。
中間に配置された幼きヨハネ像は キリスト教の母体であるユダヤ教を表している。
(周知のように キリストはユダヤ世界にユダヤ人として生を受けている。)
これら二つの過去の遺産に準備されたものとして、聖家族が中央に生き生きとした様子で描かれている。

聖家族は キリストが十字架上で生贄となる事により、旧約聖書のアダムとエヴァの出来事に由来する
神の怒りから、人類の救ざいの道が開かれた事に対する 大いなる喜びに満ちた新しい世界(キリスト教の世界)
を象徴している。

もう一つ注目したいのは、幼きキリスト、聖母マリアと父ヨセフからなる三体の聖家族の背後に描かれている
灰色の石の境界だ。
この境界は 生家族の場面とキリスト教以前の二つの世界をはっきりと隔て、キリスト教がそれまでの宗教とは
完全に異なる世界観を持っていることを暗示している。
それは正に キリスト教の「魂の救ざい」の教義に基づく優越的世界観に言及できる。

境界に使用されている石の素材は、15世紀にルネッサンス様式で建築されたフィレンツェの教会建築や
邸宅建築に使用された ピエトラ・セレーナと呼ばれるきめの細かい砂岩で、当時のフィレンツェの人々にとって、
現実感のあふれた作品をミケランジェロが意図したこともうかがえる。




直線上に配置


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レオーネ(ライオン)は 実は親方のニックネームだそうで、本名はマッシミリアーノ・セルネッシ。
親方は この道52年の経験の持ち主。 彼の父親から工房を受け継いだ。
セルネッシ氏は工房の名前の由来を気さくに語ってくれた。
「私の髪は 若い頃は 非常にふさふさとした金髪で、後ろに束ねると まるで雄ライオンの尻尾のようだった。
それで 私のことを皆はレオーネ(ライオン)と呼んだ。 私自信も レオーネと呼ばれることが
気に入っていたので、自分の工房の名としても使用しました。」 と、とても懐かしそう。

この工房の従業員は二名、二人ともレオーネ氏の娘で長女のシモ−ナさんと次女のヴァレンティーナさん
二人ともリチェオ(高校)卒業後、修復氏の資格を得て レオーネ工房で働き始めてから、姉のシモ−ナさんは20年、
妹のヴァレンティーナさんは10年の経験を持つ。

「父親の仕事を受け継ぐことに 喜びと誇りを感じる。」と、素直に語る彼女たちは、ちなみに周囲の人々から
 レオネッセ、「雌ライオンと」呼ばれているとのこと。
生き生きと作業を進めていく彼女たちの様子は 優雅でしなやか、そして自分の仕事に誇りを持つ人特有の
誇示しないが堂々とした態度があり,レオネッセ(雌ライオン)の呼び名にふさわしい。 

見学させていただいたとき、彼女たちは 二人共同で 1500年代マニエリスム時代にフィレンツェで製作された
古い額を修復中だった。
この額の修復は主に
1.丁寧に水、薬品などを使用しながら細かな汚れを落とす。
2.欠損した部分を石膏などで埋め合わせて再現する。
3.現存部分を損なわないように注意しながら 塗装を行う。
これら3つの基本から成り立つとの説明を受けた。
一こま一こまの作業は彼女らの経験と知識に照らし合わせられ、細心の注意をもって進められる。
ここでも姉妹は対話しながら作業を進めてゆくのが印象的だ。
姉のシモーナさんが 「どう?その部分は上手く言ってる?」と 妹のヴァレンティーナさんに声をかけたり、
ヴァレンティーナさんは「この部分の処理についてはこの薬品を使おうと思うのだけど?」とたずねたりしているかと思えば、
急に話題を変えて、ボーイフレンドとのお出かけの話になったりする。
家族経営の工房の親しみあふれる仕事ぶりは 歴史と伝統を大切にしながらも
自分たちの生活を大切にし、今生きる喜びを謳歌することを忘れないイタリア人らしさを物語っている。

レオーネ氏は 「進歩は後退をともなう。」と語る。 
昔は全て手製で 美しい額が仕上げられていった事と比較するなら、現在のオートメ化された工場で造られる額とは
価値が異なるのも当然と言えよう。



イタリア語ワンポイント 
il corniciaio(イル コルニチャイオ)は 男性名詞で「額職人」を意味し、
女性名詞の la cornice(ラ コルニーチェ)「額」に由来している。
il leone (イル レオーネ)は 一般にライオンをしめす。又は雄のライオンを意味する。
la leonessa(ラ レオネッサ)雌ライオン。
 塗装部門と修復部門を受け持つレオーネ工房
 親方のロレンツォ氏は 歳若い徒弟として 額製造の古き伝統を担う今は亡き親方の工房に入り修行時代を過ごした。
親方が亡くなるとその工房を引き継いで親方となった。45年近い経験を持つ。
 タッキ工房の従業員は3人、そのうち二人はタッキ氏の二人息子、ヤコポ35才とロベルト31才だ。
二人とも日本の高校に当たるリチェオを18才で卒業し、以来 父親の工房に入り額職人の道を歩んでいる。
三人目の従業員は50才代の男性で彼らの叔父にあたる。10年前に転職してタッキ工房の一員となり、現在に至る。
工房内では楽しい日常会話がはずみ、楽しそうに仕事をしている。
親方ロベルト氏のノミの手さばきは 実にみごととしか言いようがない。
すごいスピードで正確に 複雑なバロック様式の浮き彫り彫刻を ほどこしてゆく。
つい、「そんなにすばやく彫り進んで、大丈夫なのですか?」と 尋ねると、息子のロベルトが
 ”Padre Sig.Lorenzo ha mano molto sicuro.” 
「父親シニョール・ロレンツォは 確実な手さばきを持っているから、大丈夫。」との答えが返ってきた。
和気あいあいとした父親と息子との師弟関係において、息子が工房内の父親を敬語でシニョール・ロレンツォと呼ぶとこころに
親方兼父親に対する尊敬の念を感じ取る。
シニョール・ロレンツォは ニコニコ顔で 「40年以上の経験のおかげで、今ではミスをすることは無くなった。」と、
親方の自信を嬉しそうに述べてくれた。
 板の切り出しから浮き彫り彫刻までの過程を担うタッキ家族
   フィレンツェの額職人、タッキ家族とレオーネ家族

 双方の家族は30年来の協力関係にあり、額の製作は、ロレンツォ氏を親方にするタッキ家族は板の切り出しから彫刻部門を、
レオーネ家族は 塗装部門と修復部門を、それぞれ行う分担作業から成り立っている。
 彼らの工房には各種異なるルネッサンス期以降のオリジナルの額があり、額のデザインを決める上で 貴重な様式を示す、
手本となっている。
 工房には、イタリアはもとより世界中の美術館や画廊、絵画収集家たちから注文があり、注文された額は飾るべき対象となる
絵画の時代に合わせて、顧客と共に決定される。

 イタリアでは 現在も伝統的な工法で 世界中に輸出される質の高い木製の額が 製作され続けている。
額の歴史は 絵画の歴史とともに歩んできた関係上、イタリアの中でも 最も多くの芸術作品が生み出されてきたローマ、
フィレンツェそしてヴェネツィアにおいてより多くの人々がこの伝統に基づいた額製造の職を受け継いでいる。
    イタリアの額職人 Corniciaio in Italia   '07,1/12up


 10. 仕上げに古色を加えるために茶色の
   ニスを上塗りしているところ


 8. 額専門店Leoneには 貴重な中世
  時代以降の板が集められている


 9. 古い素材を使用して造られる新しい額


 7. 細い棒の先に 脱脂綿を巻きつけた単純
   な方法で金箔を定着させる


 6. 漆喰にうすく塗られた糊の上に金箔が
  貼られる


 5. こちらは新しい額造りの作業で一部
  で、二ス、漆喰、金箔の順で塗装が
  施されている


 4. 額に携わる仕事に生きがいを見出して
  いるとLeone氏の二人娘は表情も
  すばらしい


 3. 楽しい話をしながらも眼差しは真剣


 2. 欠落した部分を石膏で補う


 1. 1500年代の古い額を修復中、まずは汚れを  落とすことから始める


 7. 高校を卒業後、タッキ氏の片腕をなった


 6. 息子二人はより簡単な作業を受け持つ


 5. 親方のタッキ氏は40年の経験を持つ

 
4. スピードと正確さに驚かされる


2. 木枠に鉛筆でデザインが施され、切取り部分 の作業のためび切込みが入れられいれられる。


 1. バロック時代の額のコピーを製作中